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平安時代の貴族たち〜時代の変化に合わせた暮らしの傾向

   

平安時代の貴族たち〜時代の変化に合わせた暮らしの傾向

あなたは平安時代の貴族がどんな生活をしていたか知っていますか?

豪華絢爛好き放題!そんなイメージがある方も多いのではないでしょうか。

しかし意外にもその生活は簡素であり、時代の変化とともに柔軟に変化しているものだったのです。

私たちの生活よりも質素で文化的な生活を送っていた平安時代の貴族たち。

本当の贅沢とはどんなものなのか、平安時代の貴族の生活から垣間見えるかもしれません。

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三食昼寝付き、と言われていたのは昔の話。

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早寝早起きが基本!平安時代の貴族の暮らし向き

当時は、現代のように電気がありません。

ですから、暗くなってしまう夜には早く寝て、その分、朝には早くに起きて活動する生活が一般的でした。

平安時代の貴族たちは、そのほとんどが午前3時頃には起床していたと言われています。

その時間になると、御所の門が開く合図である開諸門鼓が鳴ります。

その音を目覚ましにして起きていたのだそうです。

起きたらまず、自分が属するとされている星の名前をとなえます。

次に、歯磨きや鏡のチェックを終えたら、西向かってお祈りをします。

そのあと暦を確認して、その日の自分の吉兆を判断します。

そして、結果が良くないときは、外出などを取りやめ、人に会うことすらもやめるという習慣がありました。

もちろん仕事も休むことになりますが、これは当たり前のことだったので、咎められることはありません。

このように平安時代には占いが当たり前のように行われており、そのために朝からやることがたくさんあったと言われているのです。

家の間取りにみる平安時代の貴族の暮らし

当時の貴族の邸宅のつくりは寝殿造と呼ばれます。

正式な寝殿造りは、一町四方の築地塀に囲まれている敷地の中心に、東西棟の「寝殿」を建てて、それぞれに南北棟の「対の屋」を置き、その間を「渡殿」や「透渡殿」でつなげる形になっています。

さらに、南側には、池のある庭園があり、「泉殿」や「釣殿」が置かれます。

それと、東西の「対の屋」を、廊が繋ぎます。

このように池に向かって「コ」の字型になるよう、建物を建てて繋いでいます。

六條院春の御殿もこの構成に準じています。

では、この中でも、1番のメインとなった「寝殿」についてみてみましょう。

寝殿は、主人が住む主殿です。

例として六條院の春の御殿を取り上げると、正面の桁行が五間、側面の梁間が二間で、母屋を中心に周囲に一間ずつの「廂」がついています。

さらに廂の外に「簀子」の濡れ縁がついており、廂と簀の子の間に「格子」が降りています。

この場合、屋内は廂の部分までとなります。

建物の中は、丸柱が露出した、吹き放ちの空間になっており、固定されている仕切りなどはありません。

必要にあわせて「御簾」をたらしたり、「屏風」「几帳」を建てることで区切って使用しました。

床は白木の板の真で、座るときには畳を強いたり、「円座」を使いました。

暮らしと共に変わりゆく平安時代の貴族の被服

平安時代になると途中が中国の文化が入ってこなくなりました。

また、長く平和な時代が続いたので、独自の文化が発達していきます。

その中で、貴族の服装も変わっていきました。

男性貴族の場合は、衣服も身分によって細かく規定がありました。

身分の高い男性ほど裾の長いものを身につけることを許され、また、参議以上の官職を得ると、太刀を身につけることも許されました。

女性は十二単を着ていました。

小袖、長袴、単、五衣、打衣、表衣、唐衣、裳、物具装束など、色鮮やかな着物を何枚も重ね着します。

これは季節により着る枚数が変化します。

「十二単」という名前がついていますが、「たくさん」という意味があるので、12枚衣を重ねる、という意味ではありません。

このように重ね着すると重いので、何かあったときに逃げ遅れてしまいます。

ですから、十二単の発展は平安時代がとても平和で、戦などの心配が必要なかった時代であるという歴史的な証拠だとも言えます。

暮らしに変化!平安時代の貴族の結婚事情

平安時代の貴族は、夫が妻のもとへ通う、通い婚の形式でした。

夫が妻に会いたくなければ、妻の家に行かなければ良いし、中には何人もの女性を妻にして、日々異なる妻のもとめ通う者もいたので、この形態は夫にとって都合の良いものであったと言えます。

一方、妻の方は夫を咎めることができないので、夫の来訪を待つ以外ありません。

平安中期には、夫が妻の家に住む、つまり婿入りするようになりますが、それでも妻の家に住みながら別の女性のところへ通う夫もいたそうです。

相変わらず夫に有利な結婚制度だったことは、通い婚だったときと変わりありません。

しかし、結婚するまでは女性に主導権があります。

おつきあいは男性が歌を女性に贈ることから始まります。

この時点で女性が気に入らなければおわりです。

女性の方は、胸を打たれる歌にだけ歌を返します。

そして、そのやりとりの中で互いに好意を持つと、男性が女性のもとを密かに訪れるようになります。

さらに結婚するには、女性の親の承諾を得る必要がありました。

しかし、そのために相応の地位、経済力、将来性などが問われました。

平安時代の貴族の暮らしに基づいたお料理レシピ!

簡単に貴族の暮らしを体験できる、平安時代の食べ物を再現したレシピを紹介します。

1つめは昔のチーズ「蘇」です。

栄養価の高い食べ物ですが、貴重で貴族しか食べられないものでした。

用意するものは牛乳1リットルのみです。

牛乳を鍋にいれて、中火で1時間ほど、ひたすらかき混ぜ、水分が減ってきたら弱火にします。

ざらっとしたら完成です。

ラップを敷いた容器に入れて冷蔵庫で冷やしましょう。

次に、貴族が食べていた唐歌詞を紹介します。

文字通り唐から伝わったものです。

2人分の分量で紹介します。

必要なものは米粉150g、お湯110cc、ごま油適量、お好みできなこ、です。

まず、米粉に少しずつお湯を加えながら、耳たぶくらいのかたさに練ります。

厚さ1cmくらいにのばしたら、鍋にわかしたお湯に入れてゆでます。

生地が浮いてきたところでボウルに入れで、すりこぎで押しつぶし、冷めないうちに好きな形に作ります。

それをごま油で揚げて完成です。

栗や杏などを包んで揚げてみても良いでしょう。

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